阿吽の喧嘩。

矛盾してる。だが、それでいい。

発達障害と私。

私にとって、自閉症スペクトラムの知識は『人間関係』というものを理解する上での地図みたいなもの。知る、理解するという事は大切だ。
自分が発達障害じゃないか?と
初めて疑いを持ったのは社会に出て二年たった頃。
それから、色んな情報をもとに
『その他特定不能の広汎性発達障害
が妥当だろう、という結論に落ち着く。

最初は人間関係で悩むのはなぜか、
という答えが早く欲しかっただけだが、
発達障害の事を調べるにつれ、
自分よりも明らかに多くの困難(生きづらさ)を
抱えている人がたくさんいる事が分かってきた。
発達障害自助グループに参加した際に紹介された心療内科で診察も受けたが、
『やや偏りはあるけど、具体的な診断名をつける程重度ではない』と言われた。
後から『自閉症スペクトラム』というグラデーション的な概念を知り、凄く腑に落ちた。
『ああ、そうか。自分はちょうど境目あたりにいるんだ。』
なかなか定型の人みたいなコミュニケーションはとれないし、自助グループで出会った人達ほどの障害はない(話していてラクだったのはこっちだが)。
本当に微妙なラインに乗っている、という感覚がずっとある。
しかし、最近になって自分みたいな人間は目立たないかもしれないが、
この社会には大勢いるんじゃないか、という気がしてならない。どちらかに振り切ってはいないから、強く主張する事はないんだけれども。
ぼんやりと社会に馴染めないなぁと感じる自分のような人間はもはやマイノリティとは呼べないくらいの規模で存在しているんじゃないかと考え始めている。
発達障害の概念を知って一番良かった事は人間全体の中で自分の位置づけができた事。
しっかり地に足をつけて周りを見るための地図になっている。
例え定形の人でも発達障害の事を少し知るだけで、周りの人の見方が変わるとおもう。