阿吽の喧嘩。

矛盾してる。だが、それでいい。

発達障害の事を知ってから「マツコ 有吉の怒り新党」で多数派(定型の人達)の思考パターンを学習できる気になっているけど、果たして大丈夫なのだろうか。


前の記事で「複雑な人間がすき」みたいに書いたものの、普段は精神的にラクする事ばかり考えている。矛盾しているけど、それでいい。

タイトルの通り、怒り新党をちょくちょく見ている。たしか発達障害の事を意識する前から見てはいたとおもう。何でこの番組が学習教材みたいな扱いに変わったのかは単純で、どうしたら対人関係で精神的にラクになれるんやろうか、と考えて得た結論の一つが

  • 相手の考えてる事が読めれば対処するのも簡単になる

だったから。

まあ、そうなれたら、本当にラクやろうけど「相手の思考を読む事」そのものが自分にとっては神がかり的に難しい。
というか無理やわ。メンタリストカエルにはなれんわ。
僕にできるのは特定の人間の思考回路を理解して、どういうインプットがあるとどういうアウトプットがあるのかをなるべくパターン化して、先読み、または相手のアウトプット自体を誘導する、という所まで。できるようになるとそこそこ使えるけど新しく出会った人には応用があまり効かない。

何とも無機質な対応だ。リアルではもう少し色んな味付けはしているつもりだけれど、こうやって文章にしてしまうと生きた人間をコンピューター感覚で捉えているんやな、と少し気が滅入る。でも、複雑な人間が好きという感覚はこういった学習作業が嫌いではないのだという所からも来ているんだろう。

アウトプット自体を操作する、というのはもちろんタイマンでコミュニケーションを取らなければならない場合を想定していて、一言で言い表すなら「いかにジャイアンに殴られないか。」とかになってしまうけど、そういう事だ。(どういう事だよ。)


対、一個人ではこういう風にしていこう
と思ってるけど、僕としては社会全体の雰囲気というかこういう時は大体こう言い返すよね、みたいな暗黙の了解が怖いから、事前になんか勉強しとく方法ないかなーと考えだしたところで、タイトルのような思考に至る。

では、マツコ有吉の番組について、感じている事をいくつか。
まず、夏目ちゃんが要所で司会進行したり、話題を振ったりはするものの、基本はマツコ有吉が2人だけで会話し、それで番組が成立させている点。
その時のお題を無視して話があらぬ方向に行っても2人だけで落としどころを見つけていく、あの何とも言えない共同作業は見ていて楽しい。自分が雑談する時にも使えるテクニックはないかなーとか考えてるけど、2人とはキャラが違うのであんまり真似はできないのが悲しい。所詮は両生類である。


投稿がほとんどお怒りメールなので(まあ、そういう番組だし。)それを見ると『へえ、世の中にはこういう事にイラッとする人がいるのか』とケーススタディーになる点。
それと同時に、マツコ有吉がどういうコメントするかで投稿メールの意見が世の中で多数派なのか少数派なのかが推察できる点。
別に2人が全面的に正しいわけではないだろうし、そもそも「芸能人」というくくりの少数派に属しているわけだから、全て鵜呑みにはできないんだけれど、とりあえず大前提として、この2人は「自分達が多数派の意見を代表していない。」と自覚しながら喋ってくれている点。
2人の共通点として、「こういう部分は察してほしい。」「もうちょっと空気読めないのかな?」タイプの意見を述べる事が多いので、そのあたりを苦手とする自閉症スペクトラムの人達にとっては参考になる可能性が大きい。(大人の実社会でははっきり言葉ではいってもらえないからその点助かる。)

以上から、人間社会で生きていく上で色々考える材料を増やしてくれるんではと思ってるしだいです。
事前に想定してシミュレーションできると、現実にその場面にぶつかった時のテンパり方が少なくなる。ラクに生きていくのにつながる。そういう見方ができるんじゃないかな、と思っているんですが、いかがか?

と、ここまで書いてきて何だけど
基本的に上記のものは

  • 社会適応能力を上げて多数派が作ったルールに上手く乗っかるためにはどうしたらいいのか?

という話でして、僕個人はぶっちゃけ多数派も少数派の方に歩み寄ってくんないとやってられんわ。とか思ってる人間ですので根本的には信用しないでね☆