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阿吽の喧嘩。

矛盾してる。だが、それでいい。

自分のタイプを自覚すること

ちょっと今考えている。
自分はやはり倫理観に欠けているのか、それかサイコパス的なんじゃないのかみたいな妄想にとらわれている。でも自分の感覚じたいに善悪もないや、と思っているし、『こう感じるのはおかしい』、とか考えだすとそれこそ気が狂ってしまうので、自分の感じ方そのものをどう変えるのか、というお話ではない。

会社で、ある人(仮に赤さんとしよう)が後輩(こちらは青クンで)に鉄拳制裁をくわえた。とりあえず鉄拳制裁したひとのほうが正しい。客観的には反論する余地はないし、どうこう言う立場にもない僕は、それでも久しぶりに、何とも言えない不快感を味わった。正義が遂行されたのだ。普通ならスッキリするだろう。だけどそういう気分にならなかったのはなぜだろうか。

別に赤さんが嫌いなわけではないし、普段から喋る仲ではある。青クンは多少仲が良かったものの、今回に限っては青クンが会社に対して行った事は言い訳できない悪行。そのあたりは割り切ってると自分でも思ってる。
赤さんから「会社全体のために俺が言ってやった感」を見て取ったからスッキリしないのか? 昔、戦隊ヒーローモノを見ていて、悪者が倒されて一件落着したはずなのに腑に落ちなかった時と少し似ている。絶対的な正義を笠に着て片方がもう片方を倒す感じが気に入らない。たぶんそうだ。じゃあ、なぜ気に入らないのか。

まだ自分でも推測だが、僕は「僕ができない事」を飄々とやってしまえる青クンにほんのりと憧れてたのだ。自覚もあんまりなかったけれど、この感覚は応援していた人(スポーツ選手でもなんでもよい)が試合であっさり負けてしまった時に似ている気がした。死神リュークもラストシーンはこんなガッカリ感を味わってたのか、それとも、『ちょっとハマったアニメだったが、最後拍子抜けだったなぁ』程度のもんだったのかは知るよしもないが、とにかく僕自身はガッカリして、それとなくイライラしていたのだ。

自分で言うのも何だが、僕は基本的にルールを破らない。決められたルールの中で全力で小賢しく戦うのは好きだが。女の子からは『ツマラナい人ね』とか思われてそうだ。でも青クンは違う。まるで呼吸するかのようにルールを破るのだ。真面目な観点からすればズルいし罰せられなくてはならないのだろう。でも僕は黙認していた。青クンのズルさは自分が得する事ばかりで、あんまり他人に直接迷惑かけるタイプのものでもなかったから。それで、『あのやろう、自分ばっかり良い目みやがって!』とはならずに、『あいつ、すげーな。なかなかの綱渡りをしやがる…』という所から少しずつ憧れみたいなものを抱いていた。そんな彼がたった1日で追い詰められ、逃げるように会社を去った。

今回のピンチは前兆はあったのだ。僕の周りでも青クンに対する疑惑は強まっていて、でも社長には気に入られてるから、いざとなればその持ち前のアドリブ力でもって乗り越えるだろう。今までもそうだったし、みたいな感覚でいた。しかし、結果はあっけなかった。
僕はこの辺りで自分のドス黒い所を少し垣間見た。赤さんがトドメを刺しにいくかどうかは別として青クンがピンチになるのを止めようともしなかった。むしろ、そういうピンチを彼はどう切り抜けるのか観察したい、何なら自分にもできるような部分は参考にしたいとすら思っていた。だから、僕は僕の中で「自由奔放」を体現していた青クンがあっという間に立つ瀬が無くなった現象を通じて「意外と世の中はキッチリと窮屈に構成されている」と再び思い直した。そしてガッカリしたのだ。その事実全体に。

たぶん、僕は
もっと自由になりたいのだ。
恋愛とかじゃなく、
もっと広い範囲で
束縛されたくないし
束縛もしたくないのだ。

そう言えば
青クンはとっても
寂しがり屋だった。