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阿吽の喧嘩。

矛盾してる。だが、それでいい。

「冗談、冗談。怒んないでよー」とか言うやつは冗談抜きで喋らせたらスカみたいな人間ならいいのに…と思ってるのは秘密だ!

下書きを読み返してる段階で『なんか読みにくいな』と思った。
出来心で見出しを使ってみる。

なるべく精神的に自由でいたい。

自閉症スペクトラム的な特徴とどう折り合いつけるか、という問題と並びたつ、自分にとっては重要なテーマ。
僕はある種のプレッシャーに弱くてそれを避けるのが癖になっている。
その瞬間は嫌な感情から逃れることができているのでラクなのだが、克服しない限りずっと意識してそういう場面に出くわすのを避け続ける事になる。これはこれでしんどそうだし、不自由な気がする。
乗り越えた方が今後の人生トータルでみたときにラクになるかもしれない。
どれくらいの努力でクリアできるか、そういう判断って自分一人ではなかなかできないと思うが結果鬱になったらマイナスが大きいし難しいところ。
まあ、「ただできない。」のと「別にできるんだけどやらないだけ。」なのはものっすごい差になるのは確かだけど。


最初の判断を疑う

これができていると少しだけラクになると思う。最近意識している精神操作。

当たり前だが、ポジティブ面でもマイナス面でも情報から受ける衝撃が相対的に減るからラクになる。その意味で信じ込みやすさと、現実とのギャップに腹が立つ度合いは比例していく関係にある。

油断すると現実逃避になりそうでコワい。
それを避けるため、物事を冷静に見るには「起こった事実」と「その事実に対する評価」を別にするのが手段としてはよいと思う。このあたりの感覚を噛み砕いて言うと、起こった出来事をすぐに自分のフィルターに通すんではなく、判断を保留する。
『良い、悪いはおいといて… 』を枕詞にすれば分かりやすい。

それができたら苦労はしない?
僕もそう思います。
徐々にそういう方向に持って行ってる実感はあるけど、これは一生修行しなきゃいかんやつだろう。
好き、嫌いを保留すると複数の視点を同時にもてる。
例えば発達障害の知識は僕に

  • 「同じような悩みを持った仲間がたくさんいる!(歓喜)」
  • 発達障害とは言っても細かく違っていて、決しておおざっぱにはくくれない。」

というベクトルの異なる2つの
意識を与えてくれたように思う。
個人的には複数の可能性とか、
複数の考え方を矛盾を認めたまま
持ち続けると、
結果的に判断のスピードが上がってくるんじゃないかと期待している。

世界を、現象を疑うのだ!

まぁ、とっさに相手が言った冗談をすぐ信じる癖はなかなか抜けないが。