阿吽の喧嘩。

矛盾してる。だが、それでいい。

会話に苦手意識があると、連休のたびに「雑談のネタづくりに外出するかどうか」で迷う。

シルバーウィークとやらをどこにも行かずに過ごした。僕と連休は仲が悪い。いや、それほど気にしてはないのだが、連休終わりの『お休みの間はどっか行ったんですか?』みたいな雑談の切り出しは相手が引きこもりタイプかどうか見極めてからにして頂きたい。
『いやー、どこも行ってないんですよ。』と返されて
『あ、そうなんですかー』と後が続かない気まずさを味わう可能性をもっと想定してよ。(自閉症スペクトラムっぽいなぁと感じる人はそういう話題をまずふってこない。落ち着く。)
まあ、そうやって聞いてくる人はたいていアウトドア的なイベントをサラリとこなす感じの人である場合が多いから、
『そっちはどうです?』と聞き返してあげればあとは向こうからしゃべくり007 しだすことうけあい。そんなわけで僕と連休は仲が悪い。

しかし仲の悪い2人がいたとして、それぞれとバラバラに話してみると
『あれ?この2人いがみ合ってるけど本当は気が合うんではないのか?』
と思う事が最近何度かあった。

思考パターンが全然違うゆえに仲が悪い場合と、思考パターンがほぼ同じゆえに心の引っかかり(地雷と言った方がいいのか?)が似ていて、お互いに同じ理由で相手を嫌うてはるんやないの?という場合がある。

だから、何というかこの2人に共通の敵さえあてがってあげればすぐに意気投合しそうだなぁ。

やはり出会い方とか立場とかに影響うけて本来「心の友」になれたはずの2人が悲しき対立をするというのは、よくある事なのかもしれない。

何かの本で「レベルが同じ人間でなければケンカは起こらない」というような文章を読んだことがある。大人は小さい子供と本気では喧嘩しない。人間、同じレールの上にいるからぶつかるのだ、みたいな内容だったと思う。つまり、全然衝突する部分がなければ相手よりも高い次元にいるか、または見下されている可能性がある。

だとすれば、カップルやら夫婦で全然喧嘩しないのは意外と寂しい事なのかもしれない。と、妄想してたら「阿吽の喧嘩」っていいブログタイトルつけたなぁと自画自賛したくなったので今回はこのへんで。