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阿吽の喧嘩。

矛盾してる。だが、それでいい。

妄想将棋

ちょっと将棋の話をさせて頂く前に
『将棋ってよくわからないわー。3月のライオン読んでるくらいやわー』という人にもよく分かる説明を一つ。

  • 将棋とは一対一で玉を攻め合い、そして最後に羽生が勝つゲームである。 (プロ棋士 藤井 猛)

さて、自分は将棋をちょくちょくやるのだが、あのゲームで負ける時ってよく見ると半分くらいは味方の駒で自分の王が動けない事によって詰んでいる。逆もしかりで、相手の駒は王様を守ってもいるのだが詰みの瞬間はこちらの味方をしていると言ってよい。
とった駒が自分の駒になるという将棋のルールの特性はよく例えに使われる気がする。だけれど、相手の駒が「相手の駒のままで」コチラ側に有利に働いているのを実感する瞬間は不思議な感覚に陥る。敵でもあり、味方でもあるのだ。
沢山の自分の駒に囲まれたまま負ける時は、それこそ全員が敵に思える。
その際、王様から『おォのぅれぇ、光秀ええぇ!』というセリフが僕には聞こえない。もしそうなら面白い。

配下の駒も驚いてるだろう。ついさっきまで守っていたはずの殿の最期に実は加担していたと知って
『え?あっれぇ?』ってなってると思う。そこから、よく妄想するのが人間でもこういう事はあるやろうなと。
アンパンマンバイキンマンを毎回、毎回倒すけど、バイキンマンがあの世界にいなかったらアンパンマンはああいう形でヒーローにはなれなかった、みたいな。(アンパンマン、人間じゃないや。)

こういう話をすると『あんまり たらればの話をされてもね。リアルを見ようよ。バイキンマンは現にいて、アンパンマンにアンパンチされる。それが世の中だよ。(アンパンマンはリアルにはいないが。)』というニュアンスで諭してくる人もたまにいる。

しかしその類の意見には賛成できないのだ。
いやちょっと想像してみてよと言いたくなる。
要は勝ったやつが正義だみたいな事なんやろうけど、それは了見が狭くないだろうか?
もし目の前にいる邪魔な存在を倒したら、回り回ってあなたの存在に影響がくる可能性はないか?
あの駒たちのように、大切なものを守ってるつもりで危険に陥れる側に回ってないか?
将棋もそうだけど世の中で全てを読み切る事は到底できない。しかし、何というかもう少し幅のある判断があるはずだ。
『こういう可能性もある。
ああいう可能性もある。』と考えてほしい。
僕も考える。
排除するだけが手段ではないだろう。



もし、小さい子供に
『なんで人を殺しちゃいけないの?』と
聞かれたら、
『じゃあ、まずは将棋を教えてあげようか?』っていうとこから始めようと

今、決めた。

ここまで、妄想に付き合って頂き、
ありがとうございます。