阿吽の喧嘩。

矛盾してる。だが、それでいい。

このブログも遊びみたいになればいい。

前の記事の「バイキンマンがいなけりゃアンパンマン成立しない説」から派生して思いついた事を書きます。
全然派生してないかもしれないからその点は先に謝っておく。ペコリ


突然だが、仕事の究極目的って「その仕事自身がいらなくなる事」だと思う。

犯罪のない社会が警察の目指す理想だと思うけれど、それが実現すると警察という仕事は存在意義を失う。

あらゆる物を安全により早く目的地に届ける事が運送業としての使命だけれど、物や人を一瞬で遠隔地に送れるワープマシンみたいなものができれば、その使命は実現し、同時に運送業の歴史には幕がおろされる。(ゆっくり船旅したい、とかそういうのはまた別だけど、)

病気がこの世から消えれば医者はいらなくなる。

事務的な仕事だってそうだ。どんどん効率よくコンピューター化していって今は操作じたいは人間がやっているけど、人工知能がもっと発達すればほとんどの事務仕事はなくなる運命にあるだろう。

もちろん
机上の空論だ。
極端な例ばかりだ。だけど、概念としてはそうなる。自分の仕事の究極目的を達成した時、ほとんどの場合は世の中からその仕事が必要なくなる時なのだ。

いや、無くならないぞ?という場合はその仕事じたいにすでに人類にとっての遊び、余暇、趣味、無駄、つまりは文化が含まれていると思う。

だから、人間の存在意義は趣味とか遊びとかにあるんじゃないか。
仕事は消えるけど、突き詰めても遊びはなくならない。飽きたら次の遊びを探しだすだろう。

遊びをせんとや生まれけん。なのだ。

まあ、ふと、そう思っただけなので
だから何なのだ?!と追究されると、
『さ、仕事仕事。』と言いながらそそくさと立ち去るのだよ、私は。