阿吽の喧嘩。

矛盾してる。だが、それでいい。

自己開示は二段構えにしとくと、色んな面で心に余裕が出る話

他人と仲良くなるヒケツ!としてよく挙がるテクニックに『自己開示』というのがある。まず、個人的な情報を相手に与える。すると、相手もそれに見合った個人的な情報を喋ってくれやすい。その繰り返しでお互いの距離が早く縮まる、という寸法だ。
逆に、自分の事を一切明かさないで他人と仲良くやれる、という人には詐欺師の才能があると僕は考えている。

他人と話す時、つまり会話は相手があっての行為なので、ある程度話題は選ぶ事になる。できる事なら、自分の得意な分野に話を持って行った方が持ち玉が多い分やりやすい。自然と自己開示にもなるし。
しかし、『いやー、僕はこれだけは外せないんですよー!』と「自分ランキング第一位!」を一度明かしてしまうと
何かそれに関するものは見逃さないようにしてる的な扱いになるし、向こうも僕が喜ぶと思ってその話題を振ってくれたりしちゃった時にゃあ、『あ、それ知りませんでした…』みたいな時も発生するので、気まずい。
ちょっと無理してでもその情報に触れに行かないと駄目だみたいな強迫観念が生まれてしまう。生まれない人もいるかもしれない。が、僕の場合やはり生じる。
一番好きなものの「自分の中での自由度」が下がるのがなんか嫌なのだ。このへんがジレンマどころである。

例えば某YouTubeで興味深い画像が投稿されてたりすると嬉しそうに教えてくれる人。それ自体はむしろウェルカムなのだが、後に『カエルくん、それで、この前教えたアレ!見た?』と言われるとマア8割方は見てないですよ。その瞬間『なぜ、もっとミーハー心を発揮しなかったんだ俺ぇ!!』と後悔するけど後の祭ですよ。別にそれで気後れする必要はないかもしれないけど、なんか、嫌なのだ。それと似ている。

完全に無趣味、無色透明キャラでも構わない、と割り切れたらなぁと、憧れる。けど、一定の集団でそれなりのコミュニケーションをとるためにはいささか非武装ではツラいのが実情。そこまでのトーク力はない。
そのジャンルで二番目とか三番目に好きなモノ(者、または物)はまあ、生け贄にしてもよいかと思うようになったけれど、一等好きなやつは非常に慎重になった。
そもそも、
会話を盛り上げないとイカンというのも思い込みなんだけど、そのへんの悟りにはまだまだ遠いようだ。あと単純に自分が心変わりした時の対処がめんどくさい。
第二位、第三位なら話す時の熱量とかも微妙に押さえられるから相手がテンションについていけない、といった事故も防げる。一石二鳥ではあるまいか?

誰にも話す必要はないけれど、ただ黙々とそれをやっているとき、
「何かに追われてるわけではなく、本当にこれが好きなんだな。」と自分で認識できるのはちょっとした安心感につながる。