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阿吽の喧嘩。

矛盾してる。だが、それでいい。

人生エクササイズ

人生について考えてみようと思った。
10分だけ。

まず、人生全体に対する目標をたてることの難しさである。高すぎても、低すぎても害がある。
こだわりなく、今を生きる、いうのも素晴らしいと思うがそれじたいが物凄くハイレベルな目標やないか!
どうすればいいのか分からないので途方にくれる。

現時点では目標がないことは悪い事だ、とは考えていない。
ただ、日々を過ごす時はやはり計画をたてて動いた方がよさそうだ。アドリブで人生が楽しめるのはやはり達人であると言えよう。
先ほどの「今を生きる」の難易度と同じ理屈だ。

そう言えば人生に理屈は必要だろうか?僕は必要ないと思っている。まだ「目標」とかの方が有用だろう。
僕は理屈が好きなだけだ、ということには最近気づいた。感情とか思考パターンに何かしらの定義や名前を与えてそれがどういう経緯で発生したのか。または再現できるのか。こういう事を考えることそのものが好きなのだ。
我流の心理学はこの先も続けるだろう。

10分って短い…
ふと、思いだした事があるのでもう少し書こう。

ある時期、人生とは何か?と問われたら

『ただの準備だ、と答えよう。』と思っていた時期がある。
なんか、こういう問いに自分なりの回答を持ち合わせているという事がかっこいい…と考えていた頃の事だ。
まあ、誰にも問われる事なく今日まできたのだが。

幼稚園に入るのは、小学校に入るための準備だ。小学校に入ると、ああ、中学生になる準備なんだなと思った。高校で大学入試に費やした時間は準備以外の何物でもなかった。大学はモラトリアムだ何だと言われていたが、バイトとかそういうのも含めて社会人になるための準備だ。社会に放り出されると将来に備えて、やれ保険に入れだの、お金を運用しろだのと言われるし、リタイア後を見据えて趣味も見つけろとはどいうことだ!
ずっと準備しとるやないか!
本番はいつ来るんだよ!!

と思ってゾッとしたことがある。

死ぬまで準備し続けるのか?
じゃあ人生って何だ?
常に本番なのか?本番も準備もくそもないのか?
考えても無駄なんやろうなぁ…
勝ち目ないんやろうなぁ…
と思いながら生きてきました。

今は「人生は準備だ」とは言わないだろう。
前より、分からなくなっているからだ。