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阿吽の喧嘩。

矛盾してる。だが、それでいい。

だから何だという話だが。

これはつい最近の事だが、
いい意味でも
わるい意味でも
自分は普通の人間なのだ、
と納得した。

昔から自分はトクベツな人間だ、という
幻想に捕らわれていて、周りと自分の間に広がるこの違和感はなんだ?とかそういう感覚に悩まされていた。
自分以外の他人同士はちゃんと理解しあっていて、僕が入り込む隙間のないコミュニティーを築きあげている。
なんだ!なんなんだ?この破ることも触る事もできない、不可解な壁は!と足掻き続けていた。

しかし、自分よりもオリジナリティに溢れる人達に囲まれながら一定時間を過ごしていると、内面的な事にばかり向かっていた目線が他人を冷静に観察できるようになった。他人があまり怖くなくなったのも大きかったかもしれない。
そこまで自分が注目されてはいない、という事実を素直に受け入れることができた気がする。そういう段階まで来て、はたと気づいた。

皆、お互いに理解しあっているわけじゃないんだと。
かなりの確率で人は他人を一面的にしか見ていないし、よくもまあそんな少ない情報で判断を下せるものだ、と感心するほどの早さで即断している人も多い。たぶん、僕も同じ事をやっているのだろう。僕も即断されているのだろう。

何でかは分からないけど、ある日突然、人間の世界ってのはこういう具合にできているんだ、と納得したのだ。

それなら、あの人が突然変わった事も、この人にいつの間にか嫌われていたのも、普通の事だと理解できた。
僕もアナタも判断を誤っていたのだ。

よし、アイツを理解した!と思い上がった瞬間に僕らは必然的に間違う。
間違ってなかったとしても、継続的に情報を得て相手が刻々と変化しているところまで更新しようとはしない。お互いにそんなに関心はないからだ。自分の変化ですら見落とす事はよくあるのだから、別に当然の現象なのだ。
こう思った瞬間に、
『ああ、僕もあの人も普通の人間なんだな』
と思えたのだ。ちょっと寂しい発見ではあったけども。少なくとも前より自由になれた気がするのだ。