阿吽の喧嘩。

矛盾してる。だが、それでいい。

心も身体も、なるべく身軽でいようと思う

かなり昔から僕にはあるイメージがあって、人間の精神にはプラスの世界とマイナスの世界がある、というものだ。その境目はもちろんゼロになる。躁状態か、鬱状態かというのとはまた別だ。

何となく、自分の存在そのものにいい感覚が湧かない、特定の人間関係ではなく世間全体に引け目を感じる、生きていてごめんなさい、みたいな精神の持ちよう。これがマイナス世界。自分の事を全体としては肯定でき、他人と引け目なくつがっていける、俺たちは広い意味で仲間だ、という感覚。こっちがプラス世界だ。この二つの世界はズバッと切り分けられているのではなく、グラデーション的な色変わりをしながら地続きで繋がっている。だから、ゼロ地点はあるといっても広がりを持っている。

総括するとこういうイメージだ。もう少し具体化すると、浮かび上がって水面から顔を出すまでがマイナス世界。

水面は2次元的な広がりをもっている。これが何となくゼロ地点。ようやく息ができる。陸に上がってから自分の足で方向を定めて歩くのがプラス世界。もしかしたら、陸に上がって初めて自分の背中に翼が生えていることに気づき空を飛ぶ人もいるだろう。

 

ここで、強調したいのは、マイナスからゼロまではだいたい似たようなやり方でいけるのだが、ゼロからプラスは人それぞれ全然違う精神作業になるんじゃないかと言う事だ。

マイナス世界は息ができないのでとりあえず苦しい。苦しさから逃れたい、という単純な動機で水面を目指す事になる。

自分で気づいてないうちに抱え込んだり、まとわりつく重荷を捨てるような心の作業で水面まで浮いていく事になる。

動きとしては一直線なイメージだ。

で、ゼロからのスタートだが、ここからは選択肢がほぼ無限にある。自分は果たして何を望みどんな生き方をしたいのか?それを自らの進む方向で示す事になる。これはかなり難易度が高いが、楽しい作業でもあるだろう。既にある道を行くもよし、道無き道を切り拓いて進むもよし、その他の手段で飛んでもいい。

たまに転んで水中世界に落ちちゃう事もあるかもしれないが、それも人生。

 

こういうイメージを僕はボンヤリと描いている。なので、水中で苦しんでいる人なのか?、それとも陸の上で進むべき方向に迷い苦しんでいる人かによってアドバイスや、助け舟の出し方は変えてあげないといけないと思う。

 

この記事の結論はそれだけだ。

 

 今、書きながら気づいたが、上記のイメージはカエルの生態と酷似している。

空を飛ぶ場合はトンボだろうか。

とにかくマイナス世界からプラス世界に入っていく段階には物凄い変化がないと適応できない、という例えだ。

 

まだ足も生えていないオタマジャクシに、早く陸にあがってゲコゲコと元気良く鳴きたまえよ!と励ましたりしていないか、よく考えなければならない。

そう思ってはいる。

思ってるだけだが。