阿吽の喧嘩

人生と、そのしのぎ方と死に方と。

他人の悪口言いたくない、巻き込まれたくない人へ ~会話の中で批判の嵐を止める技術に関する一考察~

なぜ、そこまで他人の批判に必死になるのだろうか。しかも同じ内容ばかりでうんざりだよな、と感じる。そんな人が身近におらんですか?

何かしら、事あるごとに批判する。社内での事、ニュースを見て、などきっかけはなんでもよい。自分のかなりせまい基準に照らしているだけ。なのに「あんなものが世間で通用するか」とか言いがちだ。自分はここまでやってきた、という自負がある年上の方が圧倒的に多い。でも、何とか運よくやってこれたと自覚してる者から見ればやっぱり的外れだな、と感じる事が多い。人間が他の人間の事を過不足なく理解なんてできない。ましてや、正確に裁きを下したり評価したりなんてことはちょっと不可能に近いレベルの所業だと思う。

僕が自信がないだけなのだろうか。それとも長年生きるとやはり人間を見抜く能力がそれなりに上がるのだろうか。疑わしい限りだが。

 

そもそもそれが正しい批判だったとして、生産性のある批判であった試しがない。芸能人や政治家とかの悪口も、まあ悪事を働いた方が悪いのだとかは思うけど、「その批判はあなたが心の中で思っておくか、それかブログでアップしておいてくれ」と思う。聞かされてる側は本当には興味ないし楽しくない場合がほとんどじゃないだろうか?  時間泥棒め。

相手の批判にのっかっても話がはずんでしまったらいやだ。逆に「その批判は憶測にすぎないし、こういう見方もあるんじゃないですかね」と言ってみても「いやいや、そんな事言ってもお前さ 考えてみろよ・・・云々」と水掛け論にしかならない。

もう少し、このたぐいの会話ってポジティブなものにならないだろうかと前々からぼんやりと考えていた。一緒に上司の陰口を言って仲間意識を醸成する事に成功してもそこから生まれるものはやはりたかが知れていた。

という事で、自分が年下の場合に限られるがいくつかやってみたい方法を思いついたのでここにメモがわりに書いておく。

 

・相手の批判をほぼ受け流して、相手をほめるかお礼を言う。

この方が早く話が終わる可能性が高い。 まあ終わらなかったとしても会話が終わった時に相手の満足度は高いかな、と思って最近実行しつつある。とにかく批判グセがある人はなんでもかんでも批判している。という事は本人にとっても批判する事そのものが重要ではない。「私をもっと認めなさい」という気持ちの裏返しだと考えるようになった。相手が批判を始めたら、あ、そうそう、と思い出した感じで相手の良い部分やお世話になった事のお礼を言うパターンがベストだろう。いきなり過ぎたらわざとらしいのでタイミングは選ぶだろうけど。最初はお礼を言う細かいきっかけをストックしておく方がハードルが低いと思う。わざわざお礼を言うほどもない事柄でも形の上では「相手から話しかけてきたついでにお礼を言わせていただいた」という演出になるので使いやすくなる。

あと、単純にこちらの方が頭の訓練になる。批判するより褒めるほうが難しいからだ。

 

 

・相手の批判の内容をそのままブーメランのように指摘して、さらに「でも、実はそこが~さんのすごいと思う所ですけどね」とほめてみる。

これは、最初の「批判の内容」を選ぶ必要があるし、相手との関係性も影響する。その点で上級者用と言えるだろう。僕もまだ試した事がないほどだw しかし、決まれば相手の批判マシンガンを止める効果は絶大だろうと予想している。自分が悪口を言っていた内容が自分にも当てはまると指摘されて しかも「そこがいいんですよ」なんて言われてしまったら、僕は即座に反論できる気がしない。「え?まじで? あ、そうなの?」とか言いながらへらへらうすら笑いしかできないだろう。想像すると情けない。

批判の内容は 「引っ込み思案な性格 ⇒ 冷静沈着で思慮深い」など、言い方を変えたら長所になるような場合が使いやすいだろう。 

  僕の中での成功例 (※注 あくまで想像です)  

先輩「なんかさ、アイツちょっと馴れ馴れしくないか? 礼儀ってもん知らないよなー」     

 「え? そうですか? 僕は先輩とアイツはちょっと似てるなと思ってたんですけね。ほらだって、先輩は人の懐に入り込むのとか超うまいじゃないですか? アイツも先輩ほどではないけど、まあそういう才能あるのかなーと・・・・」

先輩「ああー まあ、そうだよな。 おれほどではないけどな。(責めるに責められない)」

僕 (計画通り。ニヤァ)

 

 

 

もし、僕と同じように身近に批判ばっかり言ってくる人がいて、「うんざりしてんだよなー」と感じている人がいたら試してみてはいかがか?  

ニヤニヤしてしまってバレても当方は一切関知しません。